地理と歴史

千葉県の流山市

 

円東寺は千葉県の北西部(ちーばくんでいうと鼻のあたり)、水と緑と歴史の町「流山市(ながれやまし)」の市野谷(いちのや)という場所にあります。


 流山市は江戸川に面し江戸から明治にかけて水運と醸造業で大変に栄えた町です。今でいう県庁がこの地にあったことからも当時の繁栄が偲ばれます。

 街の中心には赤城山という標高15メートルのお椀を伏せた形の小高い丘があって、山上には赤城神社がお祀りされています。ここはその昔、群馬の赤城山の一部が大水の際この地に流れ着いたという伝説があり、流山の地名の由来となっています。ひょっこりひょうたん島の話はこの伝説を元に作られたとかそうでないとか。

 ともあれ、このように流山市民は伝説を町の名前にし、市の名前にしてしまうというおちゃめな一面を持ちます。

 流山市は「赤ずきんちゃんが木の切り株に腰をかけ、たい焼きを食べているような形」をしておりますが、その赤ずきんちゃんのおなかのあたりがちょうど市野谷で、円東寺のある場所です。

※こんな大雑把な地図では分からない、という方は本サイト内の「交通案内」をご覧ください。


流山市の市野谷、そして円東寺

 市野谷という地名は円東寺の門前に市がたったからとか、その昔馬の飼育をしていた代官の市野惣太夫という人が住んでいたからとか昔の話だけに諸説あります。

 “イチノ”はともかく取り敢えず谷になっているのは確かで、周りの里山からの湧水が流れ込み、自然豊かな湿地帯を生み出しています。さすがにツチノコはいませんが都会ではけっして見られない動植物がのびのび暮らしています。境内ではキジが散歩してたりします。

 そんなところにある延命山(えんめいざん)円東寺(えんとうじ)は元和年間(1615~1624)創建と伝えられる真言宗豊山派の寺院です。ご本尊は真言教主の大日如来さま(金剛界大日如来)をお祀りしております。

 大日如来さまのご真言は【オン バザラ ダド バン】です。覚えておいて、おまいりの際はお称え致しましょう。

 また、境内からは縄文時代の竪穴式住居が多数発掘されており、数千年前から、住居に敵した場所、かつ、パワースポットであったことが分かります。

 


江戸川八十八ヶ所札所

 円東寺は、文政元年(1818)五月に開創された大師霊場、流山二十一ヶ所においては十一番札所であり当時の石碑が残っています。 

 やがて、流山二十一ヶ所は、文政六年の下総国四郡大師霊場(千葉、印西、相馬、葛飾)の分裂に併せて、新四国江戸川八十八ヶ所として再整備され、円東寺はその六十九番札所となりました(天保十五年(1844)の六十九番石碑が現存)。

 現在、四十七番六十九番を兼ねる札所となっています。

 ご朱印をご希望の方は、本堂正面に向かって右にある、玄関わきの呼び鈴を押してください。なお、法要中や住職不在の場合は、書置きの物を授与させていただきますので、ご了承ください。

※確実にご所望の場合、12月31日夕方の『除夜の小鐘』へのご参加をおすすめいたします。

 


円東寺の風景

(区画整理前)

参道の風景

平成11年(1999)10月30日


入口から見た本堂

平成12年(2000)11月28日


 

平成17年(2005)

  

 

 


令和3年(2021)